白い雪、楽しそうな笑い声、行き交う人の足音。
暗い闇、魔物の荒い息遣い、泥の混じる足跡。

光を反射して舞う雪と煌く切っ先。
願わくば、そう、此の侭………。








『雪が降る。
 白い白い、雪が降る。
 ……空から、真っ白な天使の羽が降ってくる』






初雪は、毎年同じ日、毎年同じ時間に。
それはきっと、神様が決めた白いサイン。

その理は、随分と昔から変わること無く……全てを覆い隠していく雪。
人々は何時の日にか、その日を祭りの日に決めた。
厳しい冬の訪れを、敢えて皆で暖かく祝うことを。
それが今日……雪祭り。





―――☆――――――――――――




日も暮れ、花火の音が遠くで聞こえる。
街行く人の波を避け、疲れた足を休めるように細い路地の方へ。
昼間何事か聞いていた勇者は、どこに行ったのか…旅をしている皆は何処へ行ったのか。
抜けてきた大通りを一度だけ振り返って……この人ごみでは、と首を振る。

誰かを探すには向かない日。
それに、お祭りの日ぐらい気を休めなければ。
そう思って自分の手へと目をやれば、布に包んだ武器が一つ。
………息抜き、という言葉が、自分の辞書には無いのかもしれない。


「性分かしら……全く、嫌な癖がついていますね」


クスリ、と誰にとも無く、小さな声で笑いを零し……、
ジンワリと冷えた足先を暖めるべく、また一歩踏み出す。

此の侭立ち止まっていれば、降り続ける雪に埋もれてしまうかもしれない。
……普通に考えて、一晩でそこまで積もることはないのだろうけれど。
なんとなく、漠然とそう思った。


「あら……?」


狭い路地の向こうから、誰かが走ってくるのが見える。
走ったら危ないのでは……と、雪の地面へとチラリと視線を向け、前へと向けなおして足を止めた。

狭い裏通りには、さっきまで自分以外の人影は見られなかった。
にも関わらず、前方から走ってくる人間は、一人ではない……遠目に女性や子供の姿も見える。
祭りの日、足元の悪い中、表通りではない道へ大勢の人間が駆け込んでくる。


「尋常ではありませんね……――どうされました?」


横へと避けて道をあけつつ、逃げる集団の中へと声をかける。


「魔物だ!あちこち壊して回ってるんだよ!アンタも逃げな!!」


集団の中、反応がひとつあった。
早口でまくし立てたその男も、通りの方から何かが崩れる音を聞けば、慌てて駆け去っていく。

………向こうの通りか。
先ほどまでは届かなかった破壊音が聞こえる。近付いている。
聖魔道士は、逃げる人々の中、スルリと抜けながら、流れを逆らって通りへと走り出した。




―――☆――――――――――――




人ごみの中、誰を探すでもなく、目線の通り道は蛇行する。
どうやら隣を歩いている男もその様で、…寧ろ、落ち着かないようなイラついたような顔をしていた。


「アズネコ、ひょっとして、何か落としたの?」

「いや」

「……行きたい店があるとか?」

「いいや」

「………………とりあえず、行き先教えてくれる?」

「ない」


気の無い返事は2文字、良くて3文字で終わる。
その後は、当然のことに無言が続く。
……この反応には流石に人の良い剣士も我慢の限界が来た。


「アズッ、真面目に聞いてる!?」

「…………ん」

「君……お腹すいてるんじゃないの?何か食べようか」


いや……。
そう、二文字だけ答えてまた黙り込んでしまったアズネコに、コナユキは疲れたように肩を落とした。
沈みたい時は沈ませてやろう、そう思って口を噤むも…世話焼きな性格が災いしてか、気になってしょうがない。
この落ち込んだような友人を何とか片付けねば、きっと今晩の安眠は無いだろう。


「あっずさぁ〜んv」


と、人ごみの中から、語尾にハートマークの着く女の子の声が上がった。
ぴょこぴょこ、と飛び跳ねる彼女の頭の上で、黒く小さな召還獣も跳ねる。


「アズさんアズさんvあのね〜?ミノリちゃんが呼んでたよ?」


一瞬友人の目が輝きを取り戻したように見えた。
しかしそれはすぐに隠すように伏せられて、彼は大げさにため息をつく。


「また、あの駄犬か?……チッ、どうせなら美人のおねぃすゎんの誘いを運んできてくれッての!」


スズサがニコニコしている。アズネコはイライラしている。
………さあどうする?
コナユキは、迷わず、くるりと向きを変えて人ごみへと紛れた。
友人の先ほどとの表情の変わりようから、どうやら此処に自分の役目はないようだった。

雪の夜に通る明るいスズサの声を背中に聞きながら、剣士は一人、良かったなぁ…と一人ウンウン頷いた。





―――☆――――――――――――






『どれ程歩いただろう』

【近い、多分、この辺り……】

『自分が彼と同じ病にかかっているのかもしれないことに気がついた』

【空気が悪い……何でもかんでも火に投げ込んだような匂い】

『自然と視線は彷徨って……気が落ち着かないような』

【これは火を扱う魔物かと……雪の街に相応しくない温い…けれど、確かな熱気が首元を撫ぜている】

『これは本格的にアズにうつされたのかも知れない、ぁー…素振りでもして沈めようかなぁ…』

【何かが崩れ落ちる音、逃げ送れた人の悲鳴…また一つでない魔物の奇声……】

『素振り素振り……でも、こんな夜中に雪の中やってたら、何事かって吃驚されそうだね』

【長期戦は覚悟ですね、間違いない………】

『ええと……あ、人も居ないし、何だか暖かいし、いい場所発見』






「……複数とはやってくれますね」
「よし、素振りだ!」





……………あれ?
トンっと戦闘準備に、二人とも一歩下がった先……背中と背中がぶつかる。
お互いに、覚えのある声……背中で分かる身長差。

止まったのは一瞬で、示し合わせたように口元を笑ませる。
ス、と思い思いに刃を下へと向けて、同時に一歩踏み出し、振り返って向かい合う。


「あら、コナユキさん……こんな夜中にお散歩ですか?」

「やあ。今晩は、ヒビキ。散歩じゃないんだけど、ちょっとね……」

「……ふふ、全く相変わらず感の働く人ですね」

「感?何だろう…気が落ち着かなくて、ちょっと素振りしに来たんだよ?」

「…………本当に、相変わらず鈍感な人ですね」

「って、何かさっきと言ってる事が違う……」


あんまりな聖魔道士の台詞は、頭上を御覧なさい、と続いた。
むっとするよりも、真剣な瞳に押されてすぐさま頭上を見上げれば……、
白い雪の舞う夜空、飛び交う黒い影と赤い炎が交差していた。


「何だ、わっ、ヒビキ!街の人が!街が!襲われている!」

「………貴方…そのど真ん中を歩いてきて、今更気づいたんですか……」

「来るぞッ!!」


気配で察した剣士の声を合図に、クルリともう一度お互い背中を向けて、下げた刃を構える。

頭上、翼の向きを一斉にバッと代えた魔物の群れが、急激に落下しながら四方より襲い掛かった
半円を描くように……翼を持つ悪魔は、急降下しては、急上昇し……また体制を整えて降りて来る。

敵の鋭い爪に掬われぬ様、身を翻しながらも、刃が闇に翻る。

しかし、攻撃の手はそれだけに留まらない。
素早い動きに巻き起こる風、溶け残った雪が硬い粒として舞い上がり、凶器と化して布地を破る。


「――っ、――視界が悪いんだけどッ」

「悪いというか、最悪の部類ですね……ッ」


布地を裂く氷の粒は、跳ねて柔らかな頬を切り裂く。
ぱた、と落ちる滴の色を…雪に確認する間もなく、地面は真っ赤に染まった。


「避けてッ!」


鋭く飛んだ剣士の声に、聖魔道士はすぐさま槍を大きく弧に振るって横へと転げる。
見れば、先ほどまで雪のあった地面は、綺麗に溶けて……赤く染まりながら湯気を上げているところだった。


「視界が良くなりましたね」

「……そういう問題じゃないと思うけど……彼らも焦れてきたみたいだ」


規則正しく飛び交っていた魔物は、コナユキの言葉のように焦れたのか、
今度は好き勝手に飛びながら火柱を上げる。


「一匹一匹は大きくない……片っ端からなら倒せるはずだ!」

「………それは徹夜の香りのする、非常に楽しいお話ですね」

「楽しくは無いんじゃないかな?でもッ、用事もないしッ、望むッ、ところッ、だよッ」


全身では無いにしても…決して軽くは無い装備、地面を強く蹴って剣士は打ちかかる。
また攻撃に降下してくる黒い影、風を切る音と共に白銀の剣が魔物の血に染まっていく。
続けざまに魔物の胸を……三体、貫いた剣…だが最後、ブンッと一度振るえばすぐに美しい銀の身へと戻る。

鍛え上げられた腕は、ぶれる事無くピタリと構えに止まり、次の攻撃を待った。
隙は無く、仲間の死にひるむ魔物を睨み見上げて………と、意外な場所に敵が現れた。


「……クウが待ってるんじゃないんですか?」


完璧な構えのまま、ポロリ、と名剣だけが手から落ちた。


「あら、戦場で武器を手放すとは、死にたいようですね……貴方が部下なら怒鳴り倒してますよ」

「ひ、ひひひ、ヒビキーーーーーーーーーーッ!!!!!何を言い出すんだ君はいきなりッ!!?????」


じゅわー、と顔に降りつもろうとする雪が蒸気を上げて溶けていく……ように見えた。
取り落とした剣をワタワタと拾い上げながら、必死に平常心を保とうとする剣士に、叫ばれた魔道士は涼しげに髪を揺らす。


「……勇者様にも、皆様にも……良い夜を過ごして頂かなければ―――さぁ、何処からでもいらっしゃい」


降りくる魔物と雪に槍を振るい、艶やかな炎を燈した瞳に気迫を映し、彼女もまた片手に光の魔法を宿した。







―――☆――――――――――――







白い雪、楽しそうな笑い声、行き交う人の足音。
暗い闇、魔物の荒い息遣い、泥の混じる足跡はもうない。

されど、光を反射して舞う雪と煌く切っ先。
人知れず、聖なる夜に祈りを捧げるように、もう一度だけ雪へと振り下ろした。






 『雪が降る。
   白い白い、雪が降る。
  ……空から、真っ白な天使の羽が降ってくる

    ほら、手を伸ばせば触れるでしょう?
    明るい夜、聖なる光が満ちている。
    ねぇ……きっと貴方の顔がよく見える。

  ……二つの道が交わる時。
          そう、あともうすこし。

    やっと見つけ出した貴方に。
        心を込めた――――メリークリスマス』