あれよあれよと言う間に引き受けてしまった魔物退治。

まだ日は落ちていないため、暫く仮眠を…と勧められたベッドはピンとシーツが張ったまま。



村長が口を聞いてくれた宿は、大きくは無いものの清潔で主人も人が良い。
ただ、部屋が1部屋しか開いておらず、流石に女性と同じ部屋…と言うわけにはいかないため、
コナユキは一人、宿の従業員が使用する仮眠部屋に身を寄せていた。


勇者であることは隠しておいて欲しい、というヒビキの要請どおり、
村長はミノリゴが選ばれし勇者であることを秘密にしてくれたようで。

なんと紹介されるのかと不安の2文字が一同の脳裏を掠めたが、
『魔物退治屋ご一行様』という紹介に、ミノリゴはほっと胸を撫で下ろしていたようだ。



「しかし、さっき参ったなぁ……明日もあの調子だったらどうしよう」



勇者とは名乗らず村の用心棒として、しかしそれによって、逆に注目されたのはコナユキのほうである。
助けが来たという噂を聞きつけて、村人は食料品などを片手に宿へと押しかけ、ちょっとした騒ぎになった。

そして、自分たちを救ってくれるこのパーティはどんな人たちなのか?
一番強い、リーダーは誰だ?と興味は向く。

男性であり、剣士であり、見るからに年期の入った装備を着用している彼が一番強そうだ。
村人たちは彼らの総括者はコナユキに違いない、そう認識したらしく彼の周りに集まった。



「ミノリゴが、勇者、か……その護衛って言ったら大変な経歴持っちゃったなぁ」



彼がどの程度の実力の持ち主か、今までの実績などを、
しつこく聞いてくる村人もいた。

次々に飛んでくる質問に「仕官の経験は…」と来たところで、漸くヒビキが待ったをかけ、
好奇の視線に晒されながら、そそくさと3人は2階の部屋へと引き上げてきたのである。

元々魔物退治をひきうけることの多いコナユキでも、
このような歓迎、そして必死に縋る村人への対応は初めてのことであり、
魔王の力の強さ、民を苦しめる自体の深刻さを漸く感じ取っていた。


「……勇者様との旅、戦闘……僕で務まるか不安は残るけど」



腕に自信のある傭兵仲間に話せば、呆れられるかもしれない。

城に仕える兵士たちから見れば、自分は随分幸運な男なのだろう。

では、あの猫耳の友人ならば何というだろうか?
……また割の合わない仕事を!お前は馬鹿か!と怒鳴るかもしれない。



「かも、じゃない。絶対にそうだ…第一アズなら引き受けないだろうし」



彼は今頃どうしているのやら。

数ヶ月前に道を別れた友人の顔を思い浮かべて、小さく笑みを零す。
それから、ベッドと剣を見比べたあと……大きく重い愛剣を手にした。

いつも魔物が姿を見せる時間には、まだ数刻あるらしい。

しかしながら、彼らが何時でも時間を守ってくれるとは限らない。
生真面目な剣士は、敵が何時現れるかもわからない状態でじっと横になっていられる性分ではなかった



こんこん。



剣の手入れでも、と己の荷物を引き寄せた時…控えめなノックが部屋へと響いた。

また村人だろうか、それとも宿の店主か、まさか、もう魔物が現れたなんてことは―――。
それなら急がねば、腰を下ろしかけていたベッドを離れ、
愛剣を手にしたままに扉を勢いよくガバっと開くと…、

そこには目をまん丸にした勇者の姿があった。



「ミノリゴ!敵襲が来た!?村の人たちは!?建物や各々の被害は!?」
「え、ええと……あの……ごめんなさい、お腹がすいてたら晩御飯どうぞ、って宿の人が……」



矢継ぎ早に質問すれば、何だか悪いことをしてしまったようにしょげた少女が答えた。
なんだぁ……と息をつけば、ますます申し訳なさそうにミノリゴが小さくなる。



「ごめんね、雪だるさん…僕、吃驚させちゃった」
「いや、此方こそゴメン、てっきりもう魔物が現れたんだと思ってしまって」
「魔物……やっぱり、出るのかなぁ…出なきゃいいのに…」



ぽつん、と言葉を零した勇者に、ぱちくりと瞳を瞬かせて剣士は返す。



「え?でもミノリゴ、魔物は出なきゃ退治できないよ。
 ああ、でも……そうだね、もう魔物が出なかったら村の皆も安心できるだろうなぁ」
「いや………そうじゃなくて……その…」
「ミノリゴは……優しいんだね。君が勇者で本当に良かった」



そう言った瞬間、目に見えてミノリゴの顔が強張った。
何事か、と不安に眉根を寄せたコナユキが様子を確かめるよりも早く、
バっと身を翻し、ふっさりとした尻尾が弧を描いて、
ミノリゴは階段へと向かって廊下を走り出して、あっという間に見えなくなる。



「―――ミノリゴっ!??」



あまりの素早さにすぐには反応できなかった体、
しかし、何か気に障る事を言ったか、彼女が何処へ行ったのか、
不安と心配が心を埋めるのにはそう時間はかからなかった。


剣を手にしたまま、一歩遅れて階段を駆け下りたコナユキを迎えたのは、
開け放たれた宿の扉と、何時の間に太陽が沈んだのか……そこに続くのは漆黒の闇色。

驚いた表情の宿の主人、しかし、次の瞬間その表情はさっと青ざめた。

その村にいる誰もの耳に恐怖と共に響き渡る、


……それは、怪しく低く地を震わせ、
高らかに今宵の登場を宣言して嘶く、獣の咆哮だった。




TO BE CONTINUED