「この―――、エロ猫!」
「何だと板犬!!!!」

もはや日常茶飯事となった怒鳴り声が宿の一角から漏れて聞こえる。

「またケンカですか・・・よくもまぁ飽きもせず毎日毎日あの二人は・・・」

ふぅ、とため息をつく聖魔導士は宿の主人に宿代を払いながらぼやく。
仲間に入ってからただの一度も仲の良いふりすら、してくれない犬耳勇者と猫魔導士。
付き添う彼女の身になってみれば、ため息の一つや二つ出てもおかしくはない。

「もう少し仲良くしてくれればいいんだけどね・・・」

そばにいた色白の剣士が苦笑いをしつつ言った。
あの二人にとってその言葉は絶対に無理、といっても過言ではない言葉だったのだが・・・。


『仲間』


旅に出てからずいぶん経った。仲間も増えた。
ヒビキに、コナユキ。ジュンにクウ・・・そして、アズネコ。
―――何で、あんな奴、仲間にしちゃったんだろう・・・。


その日もミノリゴは部屋の一角でぷぅっと膨れて、ずきずきする尻尾を押さえて座り込んでいた。
無論尻尾の痛みはアズネコとの格闘によるもの。
致命傷と言えるほどのものではなかったが、逆に「手加減されてる」と思えて腹が立った。

「いい加減ケンカするのよしたらぁ?」

クウが人事のように笑いながら言う。

「俺だって、好きでケンカするんじゃないやい。アズしゃんがケンカ売ってくるから・・・」
「なら、ケンカ買わなきゃいいげひよ。体力の無駄無駄」

ジュンにもっともらしい事を言われてむっとするミノリゴ。ぷぃっとそっぽを向く。
やれやれ、とクウもジュンもいつもの事、触らぬ神に崇りなしという感じでミノリゴから離れる。
それはそれでちょっぴり悲しかったが、自分が悪いのは分かってるので仕方ないと諦める。
大体ケンカの理由もたいしたものじゃなかったし、こんなことでケンカをするのは自分とアズネコだからだろう。

「アズしゃんがいけないんだ、アズしゃんが・・・!」


犬耳の勇者が陰でぶつぶつ言っている頃。

「ぶぇっくっしょいいぃぃっ!」

宿の外でアズネコがくしゃみをした。

「誰だぁ・・・?俺の噂してんのは・・・もしかしてさっき会った酒場のお姉ちゃんかな??」
「あはは・・・そうかもね」

苦笑いをしながらアズネコの冗談に相槌を打つコナユキ。
多分さっきまでケンカしてたミノリゴが愚痴っているのだろうと思ったが、色々面倒だから黙っておく。

「それはそうと・・・アズ、もうちょっとミノリゴと仲良く出来ない?ミノリゴがかわいそうだよ」
「あんだぁ?ユキ、お前はあのくそ犬の味方かよ」
「そうじゃないけど・・・女の子相手に大人気ないよ?」
「大人気なくないし、あんなの女じゃねぇ。大体向こうがケンカ売って来るんだ、俺は悪くねぇ。
 売られたケンカは買う主義なんでね」

それが大人気ないって言ってるんだけど・・・・・・。
昔から説教は耳を貸さない奴だけど、こういう時くらい聞いて欲しいなぁ
と呆れて物も言えないコナユキ。

「二人でみんなとはぐれる事があったら、大変だよ?」
「そんな事、あるわけないだろ」


アズネコは鼻で笑った。
コナユキのこの言葉が現実になる訳ないと思っていたから。


だが


「あいったぁ・・・」

痛みで目が覚めたアズネコは周りの状況が把握できなかった。
後ろは絶壁、前は森。右には愛用のスタッフ。そして左には・・・

「大丈夫?アズしゃん・・・」

何故か板犬。

「何でお前が・・・」
「はぁ?寝ぼけないでよっ。さっきの戦闘で崖から落っこちちゃったんだよ、僕ら二人っ」
「あー・・・・・・・」

そうだ。俺はさっきミノリゴを助けようとして・・・。

コナユキの忠告から半刻も経ってない夕方の宿から程遠くない丘。
ミノリゴの修練にとやってきていたアズネコ、コナユキ、ヒビキ。
そこにワラの刺客と思われるモンスターの大群が襲ってきて・・・

ミノリゴが足を踏み外し、落ちた。それを助けようとしたアズネコと、一緒に。


ふっと思い出したが、自分がミノリゴを助けようとした事実に腹が立ち、つい

「くだらねぇドジ踏みやがって・・・このヘタレ犬」
「な・・・!落ちたものは仕方ないでしょ!!そんな言い方しないでよっ!」

と、また悪態をつく。
前金は貰ってるんだ。別に自分の命をかけてまでこいつを助ける理由なんてない。
なのになんで俺は・・・。
イライラしている自分に、また腹が立って無愛想にその場から立ち上がり荒々しく埃を掃った。

ったく、こいつと関わると腹が立つ事ばかりだ。

「ゴルァ!、座り込んでないで行くぞ。夜になる前に宿に戻らないと帰れなくなるからなっ」
「え・・・ヒビキと雪だるさんはいいの?」
「あいつらは大丈夫だろ。それより自分の心配でもしてろ、くそ犬」

くそ犬、と言われてミノリゴはむっとした。眉間にしわがよる。
それを見て見ぬふりをし、森に入っていくアズネコ。

(崖は急過ぎて登れない。遠回りだが森を抜けていくしかないな。
 丘の上から見ていた限り、森の先は平野だ。ここさえ抜ければ何とか・・・)

足手まといの勇者が居るのが何とも面倒だが
ここで見捨てでもしたらヒビキが何て言うかわからない。
美人を悲しませるわけにはいかねぇし、とミノリゴを助ける理由を無理矢理作りつつ
アズネコはずんずん森を進んでいく。
ミノリゴはヒィヒィ言いながら必死で後ろに食いつく。
会話もなく、暗い森を黙々と進む。
時折遠くの方で鳴く鳥の声にミノリゴがびっくりして悲鳴を上げる程度で
二人とも喋ろうとしない。音が、ない。

「・・・」
「・・・・・・」

沈黙。
だんだんと暗闇に包まれていく森の中で、それは恐怖心を煽る。
ピリピリと体が緊張しているのがわかる。
暗闇と沈黙の恐怖に耐え切れず、ミノリゴが口を開いた。

「ねぇっ、アズ・・・しゃん・・・」

その声は酷く怯えていた。
アズネコに声をかけることが罵声を浴びせられること、と認知しているからだ。
それでも、言葉を発さなければミノリゴには耐えられない恐怖だった。

「あんだ?」
「も・・・もうちょっとゆっくり歩いてくれない?ついていけない・・・」
「何で俺がお前のペースに合わせなきゃいけないんだ。
 別について来れないならついてこなくていいんだぜ?」
「で、でも一緒に行動しないといつモンスターが襲ってくるとも・・・」
「俺は一人でも生き残れる自信がある。お前の都合なんぞ、知ったことか」
「そんな・・・」

返ってくる、冷たい言葉。
必死に言葉を紡ぎ、話しかけていたミノリゴだったが、だんだんと辛くなる。

「何でそんな言い方するのさ」
「あん?」
「もうちょっと優しくしてくれたっていいじゃない!」
「だから、何で俺がお前に優しくしなきゃいけないんだ?」
「仲間でしょ!?」
「仲間ぁ?足手まとい、の間違いじゃないのか?」

足手まとい、の言葉にミノリゴは立ち止まった。うつむいてぶるぶると震えている。

「・・・・・ぃ・・・だよ」
「・・・ん?」
「・・・どうせ僕はお荷物だよ!」

森中に響くほどの大声でミノリゴは吠えた。
顔は真っ赤に染め上がり、涙で溢れていた。ミノリゴは泣いていた。
それからアズネコの腹を力いっぱい殴りつけるとそのまま真っ直ぐ走り去ってしまった。

「ぉ、ぉい!待て!!!!」

アズネコの静止も聞かず。

しまった、とアズネコは思った。慌ててミノリゴの後を追う。
いつも些細なことでケンカをしているが、このような事態は、なかった。
心が痛んだ。何だか知らないけど、とてもズキズキした。
あれでも女だ。それを泣かせてしまったからだろうか。

よくわからないが、とにかく放って置いたら、やばい。

足音が聞こえる方目掛けて、アズネコは走り続けた。
だがそれよりも早く疾走しているらしく、追いつけない。
やがて足音も聞こえなくなり完全に見失ってしまった。

(どこに行きやがった・・)

きょろきょろとあたりを見渡す。
彼の種族は本来暗闇に役立つ能力を備えている。
よく聞こえる耳、暗闇でもはっきりと見える瞳。
だがそれでも小さな・・・心に傷を負った女の子を見つけることは出来ない。

もどかしい。

「どこだぁっ!板犬!!」

視界の利き辛い暗闇の中、声をあげることは敵に自分の位置を知らせているのと同じだったが
それも返りみずアズネコは叫んだ。なりふり構っていられなかった。

「おい!返事しやがれくそ犬!!へたれ犬!!」

アズネコの叫びも虚しく、返事は返ってこない。
ちくしょう、死んじまったのか?そんなの、胸糞悪ぃ。

「・・・・・・ミノリゴ!!!!」

思えば初めてだった気がする。
板犬の、ヘタレな勇者の名前をまともに口にしたのは。

ぎゃぁぁぁぁぁ・・・・・・

アズネコの叫びに答えるかのようにそう遠くない所から悲鳴が聞こえた。
聞き覚えのある、弱々しい悲鳴。
あのガキ、モンスターに襲われてやがるのかっ。
声がした方を頼りにわき目も振らず突っ走る。

「大丈夫か、ミノリ・・・ゴォ!?」

目の前に飛び込んできたのは
にたりと笑った口が恐ろしい暗黒魔導士。そして、その前でぶっ倒れている犬勇者。

「げひげひげひ〜、ネコ魔導士発見〜。捕獲捕獲。ディ〜〜〜〜スプラ〜〜〜〜ィブゥウウ!!」
「ぐわぁあああああ!!!!!」

ミノリゴの悲鳴・・・原因はジュン・・・か・・・。

アズネコの意識は深い闇に落ちていった。



「全く、誰です?ジュンに二人の捜索を頼んだのは」
「おかしいなぁ・・・コナユキが呼びに来た時は居なかったのに」

意識が卒倒し、コナユキに担がれているアズネコをヒビキは見ながら言った。
横ではクウが一体いつの間に・・・、と首をかしげて考え込んでいる。
その彼女の背中にはついさっきジュンの体力吸収魔法を食らって瀕死になりかけたミノリゴ。
何とか一命は取り留めたものの、相当堪えたらしく、ぐったりしている。

「げひげひ。皆二人を探してたからアタシも参加しただけげひ」
「・・・攻撃しろ、とは言ってないよ?ジュン」
「逃げちゃいけないからディスプライブで体力を奪ったげひよ〜。捕獲捕獲」
「だから、捕獲しろだなんて誰も・・・」

さすがのコナユキも、ジュンには勝てず。
やれやれとため息をついた。

「まぁ・・・これに懲りて少しは仲良くしてくれたらいいんだけどね」

うんうんと頷くヒビキとクウ。
コナユキの背中の上でそれをアズネコはうっすら聞いていた。



翌日。

朝早く、寝起きの悪いはずのミノリゴが宿の近くにある公園にいた。
まだちゃんと目が覚めていないのか座ったベンチからはみ出して垂れている尻尾を
ハトがつんつんしているのにも気づいていない。
しょぼしょぼと眠い目を必死に開けながらミノリゴはぼーっと考え事をしていた。

(僕がアズしゃんと喧嘩するから、みんなに迷惑が掛かってる・・・ダメだよな、このままじゃ・・・)

珍しくまともな事を寝ぼけながらも考えている少女の横にどっかりと何かが座った。
ダークレッドを帯びたそれはふーっと溜息と一緒に少女が嫌いな臭いのする煙を吐き出した。
その臭いで一気に目が覚めるミノリゴ。たまらず咳き込む。

「ごほっ・・・ぐはっげふっ・・・!」

その煙はタバコだった。
そしてそのタバコを吸っているのは・・・・

「ア・・・アズしゃん・・・?」

そう、アズネコだった。

「・・・・・・」

不機嫌そうにミノリゴを横目で睨む様に見ている。
2、3度煙を吐くと、小さくなったタバコを投げ捨て、足でぐりぐりと潰した。
そして一言二言・・・ミノリゴにしか聞こえないような小さな声で話し始めた。

「昨日は・・・悪かったな」
「・・・・・・へ?」

俺、アズしゃんに・・・謝られてる・・・の?
ミノリゴにとってその言葉は意外過ぎる言葉だったのでそれが謝罪の言葉か一瞬わからなかった。
キョトンとした表情でアズネコを見るミノリゴにアズネコはもう一度繰り返した。

「昨日は、悪かった。その・・・足手まといだなんて言って・・・」

照れてるのか、こんな自分、らしくないと言わんばかりにそっぽを向くアズネコ。

「あの時俺があんなこと言わなきゃ、二人とも何事もなく帰還できた。
 今回襲ってきたのがジュンだったから良いものの、もしあれがモンスターだったら・・・」

アズネコの真剣な様子にミノリゴは戸惑っていた。
彼が自分に対して真剣な様を見せたことがなかったからだ。
ミノリゴは頭の中で必死に返す言葉を紡いでやっとのことで返事をした。

「あの・・えと・・・、昨日のことは、いいよ。気にしなくて。
 俺があんな取り乱したのがいけなかったんだし・・・でも」
「・・・・・・でも?」

ミノリゴは言葉を呑んだ。とても言い出しにくい言葉だったから。
でもここで言わなきゃ、これからもずっと同じままだ。
そう決心し、今までうつむいていた顔を上げ、そっぽを向いているアズネコの方を見て言った。

「喧嘩ばっかしてるの、駄目だと思ったの。
 みんなに迷惑かけちゃってるし・・・昨日の事も喧嘩ばっかしてたのが原因だし・・・」
「・・・」

ミノリゴの言葉を彼女の方に少し顔を向けて、無言で聞いてるアズネコ。
それに構わずミノリゴは続ける。

「もうちょっと、仲良く出来・・・ないかな?
 せめて、みんなに迷惑がかからないぐらい・・・」
「・・・そうだな」

そう言うとアズネコはポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
ふーっ、とまた煙を今度はミノリゴにかからない様に吐いて・・・それから口を開いた。

「俺もお前のせいなんかで死にたかないし、お前も死んだらまずい存在だ。
 ま・・・仲間同士でいがみ合ってる場合じゃないしな」
「・・・・・・仲間?」
「違うのか?」
「う、ううん・・・違わないね・・・」

仲間。

アズネコが言ったその言葉がミノリゴにとっては
とても嬉しい言葉に聞こえて仕方がなかった。

「さーて飯でも食ってくるか」

タバコを吸い終えたアズネコは
またぐりぐりと足でタバコの火を消して宿に帰っていった。

「そか・・・仲間か」

ミノリゴはアズネコが口にした言葉を何度も何度も呟いた。

その光景を散歩中のおじさんやハトに不思議そうな目で見られている事に気付いたのは
しばらく経ってからだった。



「さて、出発しましょう」

荷物の確認を終え、宿屋を出た先で、ヒビキが言った。
おお〜っ、とクウとジュンがまるで遠足にでも行くかのように返した。
重い荷物を自ら進んで持つコナユキ。それを馬鹿馬鹿しそうに見るアズネコ。

「あ、みんなまって〜・・・ぎゃん!」

みんなより遅れて宿を出たミノリゴが宿先で派手につまずいた。

「ミノリゴ、大丈夫!?」
「やれやれ・・・これだから、お荷物は」
「むう・・・お、お荷物って言わないでよね」
「冗談だよ、じょーだん。はっ、ジョークも判らないのかよ勇者様は」
「・・・・・・アズしゃんの馬鹿っ!!」

出発早々、二人の喧嘩が始まってしまった。
もう止める気も起きないのか、二人を無視して出発するヒビキ達。
言い合いしながらもみんなの後をついてくる犬耳勇者と猫魔導士。

「全く、昨日の出来事をもう忘れているんですかね・・・」

そんなヒビキの言葉も聞こえないまま、今日も守護石奪還の旅は続く・・・。



TO BE CONTINUED